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東京高等裁判所 昭和53年(う)2639号 判決 1979年4月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

<前略>

次に、原審の「わいせつ」の判断の是非はともかくとして、まず、事実認定に関する証拠の有無につき検討すると、原判決は、原判示第二の各写真誌がいずれもわいせつの図画に該当するものと判断した理由につき、「本件各写真誌のわいせつ性について」の二項において、「判示第二の二種類の各写真誌は、いずれも、海外で刊行されたものであつて、おおむね十代前半と推定される外国人男児を被写体として、その陰部が露骨かつ明確に写されている多数の白黒又はカラー写真を撮影したものであるが、右写真に写つている者の性器は相当程度成熟したものが少なくなく、中には陰毛が生えているものもあることからみて、これらの写真がわいせつの図画」に当たるとし、更に、「なお、右写真は、陰部を写した部分が黒色のマジツクインキで塗りつぶされているが、右のマジツクインキはシンナー等の薬品を用いることにより容易に消すことができ、右塗りつぶされた部分のマジツクインキを右の方法で消すと、その部分をかなり鮮明に復元することができるから、右事実は右写真のわいせつ性を妨げるものではない。」と説示し、右の消去・復元ができる点につき、写真誌「ボーイ」については、東京地裁昭和五三年押第九四六号の二八のうち検符九―四号、同「ボーイズインターナシヨナル」については同押号の二九のうち検符一〇―三〇号を参照として掲げていることが認められる。ところで、原判決の右説示及び「罪となるべき事実」の判示によると、原判決は、原判示第二の各写真誌は陰部を写した部分が黒色マジツクインキで塗りつぶされ、修正されているので、右のように修正を施したままの状態ではわいせつ図画には該当しないが、容易に右マジツクインキを消去することができ、かつこれによりかなり鮮明に復元することができること、換言すれば容易にわいせつ性を顕在化できることに着目してわいせつ図画に該当するものと判断したものと思われるが、原判決が参照として掲げる証拠物(各写真誌)をしさいに検討すると、同証拠物は、もともと押収時においては、同種の他の写真誌と同様に、陰部を写した部分を黒色マジツクインキで塗りつぶして修正を施してあつたものが、何らかの方法でそのマジツクインキを消去した結果、塗りつぶした部分がかなり鮮明に復元されたもの、復元したが鮮明でないもの、復元しなかつたものなどが認められ、しかくその消去、復元が右説示するように可能であるとは認められないばかりか、いかなる技能を有する者がいかなる手段、方法を用いて右の消去・復元の作業をしたものであるのか、また、その消去・復元が右説示するように容易に可能であるかどうかについては、右証拠物自体からは何ら判明せず、原判決挙示引用の他の証拠はもとより、原審で取り調べた他の証拠を検討しても、これを認めるに足りる証拠は全くない。原審は、あるいは、原判示第二の各写真誌のようにその一部が黒色マジツクインキで塗りつぶしてある場合に、シンナー等の薬品を用いることにより容易にそのマジツクインキを消去して塗抹前の状態に復元できることについては、証明を要しないほどに公知の事実であると解したのかもしれない。しかし、その点については右証拠物の消去・復元状態等に照らし疑念があるのみならず、当裁判所に明らかなように、「写真中、白黒写真の一部を塗りつぶした黒マジツクインキは、シンナーやガソリンでこれを消去することは困難で、医薬用外劇物であるクロロホルムによつて消去することができ、カラー写真のそれは、シンナーでこれを消去することができるが、その消去した跡は白色であつて、男女の性器等はもちろん何らの画像を残していない」(当庁昭和五一年(う)第二、四〇九号わいせつ図画所持被告事件判決。昭和五二年五月一八日当部宣告。参照)場合もあるように、少くとも消去・復元の難易度は、マジツクインキの種類、性質ないし写真誌の紙質、印刷方法等の相違に応じ異なるものと考えられ、おしなべて容易に消去・復元できることが証明を要しないほどの公知の事実であるとは解しがたい。

してみると、原判決は、原判示第二の各写真がわいせつ図画であると認定判断するについて証拠によらないで事実を認定したものであり刑訴法三七八条四号にいわゆる理由不備ないしは理由にくいちがいのある場合に当たり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

(金子仙太郎 下村幸雄 小林隆夫)

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